主任司祭  上杉昌弘神父

年間第28主日  2018年10月14日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 10章17~30節

 [そのとき、]イエスが旅に出ようとされると、 ある人が走り寄って、ひざまずいて尋ねた。 「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか。」
 イエスは言われた。 「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。 神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。 『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え』 という掟をあなたは知っているはずだ。」 すると彼は、 「先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました」と言った。 イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。 「あなたに欠けているものが一つある。 行って持っている物を売り払貧人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」 その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。 たくさんの財産を持っていたからである。 イエスは弟子たちを見回して言われた。 「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。」 弟子たちはこの言葉を聞いて驚いた。 イエスは更に言葉を続けられた。 「子たちよ、神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」 弟子たちはますます驚いて、 「それでは、だれが救われるのだろうか」と互いに言った。 イエスは彼らを見つめて言われた。 「人間にできることではないが、神にはできる。 神は何でもできるからだ。」 

今回は音声がありません。

年間第27主日  2018年10月7日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 10章2~16節

 [そのとき、]ファリサイ派の人々が近寄って、 「夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」 と尋ねた。 イエスを試そうとしたのである。 イエスは、「モーセはあなたたちに何と命じたか」 と問い返された。 彼らは、 「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」 と言った。 イエスは言われた。 「あなたたちの心が頑固なので、 このような掟をモーセは書いたのだ。 しかし、天地創造の初めから、 神は人を男と女とにお造りになった。 それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、 二人は一体となる。 だから二人はもはや別々ではなく、一体である。 従って、神が結び合わせてさったものを、 人は離してはならない。」 家に戻ってから、弟子たちがまたこのことについて尋ねた。 イエスは言われた。「妻を離縁して他の女を妻にする者は、
 妻に対して姦通の罪を犯すことになる。 夫を離縁して他の男を夫にする者も、 姦通を犯すことになる。」 イエスに触れていただくために、 人々が子供たちを連れて来た。 弟子たちはこの人々を叱った。
 しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。 「子供たちをわたしのところに来させなさい。 妨げてはならない。 神の国はこのような者たちのものである。 はっきり言っておく。 子供のように神の国を受け入れる人でなければ、 決してそこに入ることはできない。」 そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。

 

説教  

年間第26主日  2018年9月30日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 9章38~43、45、47~48節

 [そのとき、]ヨハネがイエスに言った。 「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、 わたしたちに従わないので、やめさせようとしました。」 イエスは言われた。 「やめさせてはならない。わたしの名を使って奇跡を行い、 そのすぐ後で、わたしの悪口は言えまい。 わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。 はっきり言っておく。 キリストの弟子だという理由で、 あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、 必ずその報いを受ける。」 「わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、 大きな石臼を首に懸けられて 海に投げ込まれてしまう方がはるかによい。 もし片方の手があなたをつまずかせるなら、 切り捨ててしまいなさい。 両手がそろったまま地獄の消えない火の中に落ちるよりは、 片手になっても命にあずかる方がよい。 もし片方の足があなたをつまずかせるなら、 切り捨ててしまいなさい。 両足がそろったままで地獄に投げ込まれるよりは、 片足になっても命にあずかる方がよい。 もし片方の目があなたをつまずかせるなら、 えぐり出しなさい。 両方の目がそろったまま地獄に投げ込まれるよりは、 一つの目になっても神の国に入る方がよい。 地獄では蛆が尽きることも、火が消えることもない。

年間第25主日  2018年9月23日 「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 9章30~37節

 [その時、イエスと弟子たちは]ガリラヤを通って行った。 しかし、イエスは人に気づかれるのを好まれなかった。 それは弟子たちに、 「人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。 殺されて三日の後に復活する」 と言っておられたからである。 弟子たちはこの言葉が分からなかったが、 怖くて尋ねられなかった。 一行はカファルナウムに来た。 家に着いてから、イエスは弟子たちに、 「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになった。 彼らは黙っていた。 途中でだれがいちばん偉いかと議論し合っていたからである。 イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。 「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、 すべての人に仕える者になりなさい。」 そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、 抱き上げて言われた。 「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、 わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、 わたしではなくて、 わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」

年間第24主日  2018年9月16日 「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 8章27~35節

 [そのとき、]イエスは、弟子たちと フィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった。 その途中、弟子たちに、 「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と言われた。

 弟子たちは言った。 「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。 ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『 預言者の一人だ』と言う人もいます。」 そこでイエスがお尋ねになった。 「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」 ペトロが答えた。「あなたは、メシアです。」

 するとイエスは、御自分のことをだれにも話さないようにと 弟子たちを戒められた。 それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、 長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、 三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。 しかも、そのことをはっきりとお話しになった。 すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。

 イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。 「サタン、引き下がれ。 あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。」 それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。 「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、 わたしに従いなさい。 自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、 わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。 

説教

年間第23主日  2018年9月9日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 7章31~37節

 [そのとき、]イエスはティルスの地方を去り、 シドンを経てデカポリス地方を通り抜け、 ガリラヤ湖へやって来られた。 人々は耳が聞こえず舌の回らない人を連れて来て、 その上に手を置いてくださるようにと願った。 そこで、イエスはこの人だけを群衆の中から連れ出し、 指をその両耳に差し入れ、 それから唾をつけてその舌に触れられた。 そして、天を仰いで深く息をつき、 その人に向かって、「エッファタ」と言われた。 これは、「開け」という意味である。すると、たちまち耳が開き、舌のもつれが解け、 はっきり話すことができるようになった。 イエスは人々に、 だれにもこのことを話してはいけない、と口止めをされた。 しかし、イエスが口止めをされればされるほど、 人々はかえってますます言い広めた。 そして、すっかり驚いて言った。 「この方のなさったことはすべて、すばらしい。 耳の聞こえない人を聞こえるようにし、 口の利けない人を話せるようにしてくださる。」 

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今回9月9日は音声がありません。ご了解お願い致します。

先週9月2日 使徒職大会 光景

年間第21主日  2018年8月26日 「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 ヨハネによる福音書 66069

 [そのとき、]弟子たちの多くの者はこれを聞いて言った。 「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか。」 イエスは、弟子たちがこのことについてつぶやいているのに 気づいて言われた。
「 あなたがたはこのことにつまずくのか。 それでは、人の子がもといた所に上るのを見るならば……。
 命を与えるのは“霊”である。 肉は何の役にも立たない。 わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である。 しかし、あなたがたのうちには信じない者たちもいる。」 イエスは最初から、信じない者たちがだれであるか、また、 御自分を裏切る者がだれであるかを知っておられたのである。 そして、言われた。 「こういうわけで、わたしはあなたがたに、 『父からお許しがなければ、 だれもわたしのもとに来ることはできない』 と言ったのだ。」 このために、弟子たちの多くが離れ去り、 もはやイエスと共に歩まなくなった。 そこで、イエスは十二人に、 「あなたがたも離れて行きたいか」と言われた。 シモン・ペトロが答えた。 「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。 あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。 あなたこそ神の聖者であると、 わたしたちは信じ、また知っています。」

年間第20主日  2018年8月19日 「聖書と典礼」表紙解説

 福音朗読 ヨハネによる福音書 6章51~58節

[そのとき、イエスはユダヤ人たちに言われた。]「わたしは、天から降って来た生きたパンである。

このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」それで、ユダヤ人たちは、「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか」と、互いに激しく議論し始めた。イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。これは天から降って来たパンである。先祖が食べたのに死んでしまったようなものとは違う。このパンを食べる者は永遠に生きる。」

説教

年間第19主日  2018年8月12日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 ヨハネによる福音書 64151

 [そのとき、]ユダヤ人たちは、イエスが「わたしは天から降って来たパンである」 と言われたので、イエスのことでつぶやき始め、こう言った。 「これはヨセフの息子のイエスではないか。 我々はその父も母も知っている。 どうして今、『わたしは天から降って来た』などと言うのか。」 イエスは答えて言われた。「つぶやき合うのはやめなさい。 わたしをお遣わしになった父が引き寄せてくださらなければ、 だれもわたしのもとへ来ることはできない。 わたしはその人を終わりの日に復活させる。 預言者の書に、『彼らは皆、神によって教えられる』と書いてある。 父から聞いて学んだ者は皆、わたしのもとに来る。 父を見た者は一人もいない。 神のもとから来た者だけが父を見たのである。 はっきり言っておく。 信じる者は永遠の命を得ている。 わたしは命のパンである。 あなたたちの先祖は荒れ野でマンナを食べたが、死んでしまった。 しかし、これは、天から降って来たパンであり、 これを食べる者は死なない。 わたしは、天から降って来た生きたパンである。 このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。 わたしが与えるパンとは、 世を生かすためのわたしの肉のことである。」

説教

年間第18主日  2018年8月5日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 ヨハネによる福音書 6章24~35節

 「5千人がパンを食べた翌日、その場所に集まった」群衆は、イエスも弟子たちもそこにいないと知ると、 自分たちもそれらの小舟に乗り、 イエスを捜し求めてカファルナウムに来た。

 そして、湖の向こう岸でイエスを見つけると、 「ラビ、いつ、ここにおいでになったのですか」と言った。 イエスは答えて言われた。 「はっきり言っておく。 あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、 パンを食べて満腹したからだ。 朽ちる食べ物のためではなく、 いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。 これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である。 父である神が、人の子を認証されたからである。」 そこで彼らが、 「神の業を行うためには、何をしたらよいでしょうか」と言うと、 イエスは答えて言われた。 「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」 そこで、彼らは言った。 「それでは、わたしたちが見てあなたを信じることができるように、 どんなしるしを行ってくださいますか。 どのようなことをしてくださいますか。 わたしたちの先祖は、荒れ野でマンナを食べました。 『天からのパンを彼らに与えて食べさせた』と書いてあるとおりです。」 すると、イエスは言われた。 「はっきり言っておく。 モーセが天からのパンをあなたがたに与えたのではなく、 わたしの父が天からのまことのパンをお与えになる。 神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである。」 そこで、彼らが、 「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言うと、 イエスは言われた。 「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、 わたしを信じる者は決して渇くことがない。」

上杉神父様霊名お祝い 光景

年間第17主日 2018年7月29日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 ヨハネによる福音書 6章1~15節

[そのとき、]イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。イエスは目を上げ、大勢の群衆がご自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、こういったのはフィリポを試みるためであって、ご自分では何をしようとしているか知っておられたのである。フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、欲しいだけ分け与えられた。人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。そこで、人々はイエスのなさったしるしを見て、「まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と言った。イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。

 

年間第16主日  2018年7月22日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 6章30~34節

[そのとき、]使徒たちはイエスのところに集まって来て、自分たちが行ったことや教えたことを残らず報告した。イエスは、「さあ、あなたがただけで人里離れた所へ行って、しばらく休むがよい」と言われた。出入りする人が多くて、食事をする暇もなかったからである。そこで、一同は舟に乗って、自分たちだけで人里離れた所へ行った。ところが、多くの人々は彼らが出かけて行くのを見て、それと気づき、 すべての町からそこへ一斉に駆けつけ、彼らより先に着いた。イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた。

説教

年間第15主日  2018年7月15日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 6章7~13節

[そのとき、イエスは]十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた。その際、汚れた霊に対する権能を授け、旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、ただ履物は履くように、そして「下着は二枚着てはならない」と命じられた。また、こうも言われた。「どこでも、ある家に入ったら、その土地から旅立つときまで、その家にとどまりなさい。しかし、あなたがたを迎え入れず、あなたがたに耳を傾けようともしない所があったら、そこを出ていくとき、彼らへの証しとして足の裏の埃を払い落としなさい。」十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。
そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした。

説教

年間第14主日  2018年7月8日 「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 6章1~6節

[そのとき、]イエスはそこを去って故郷にお帰りになったが、弟子たちも従った。安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と言われた。
そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。そして、人々の不信仰に驚かれた。それから、イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった。

年間第13主日  2018年7月1日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 5章21~43節

[そのとき、]イエスが舟に乗って再び向こう岸に渡られると、大勢の群衆がそばに集まって来た。イエスは湖のほとりにおられた。会堂長の一人でヤイロという名の人が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏して、しきりに願った。「わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。」そこで、イエスはヤイロと一緒に出かけて行かれた。大勢の群衆も、イエスに従い、押し迫って来た。さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。イエスのことを聞いて、群衆の中に紛(まぎ)れ込み、後ろからイエスの服に触れた。「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた。イエスは、自分の内から力が出て行ったことに気づいて、群衆の中で振り返り、「わたしの服に触れたのはだれか」と言われた。そこで、弟子たちは言った。「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『だれがわたしに触れたのか』とおっしゃるのですか。」しかし、イエスは、触れた者を見つけようと、辺(あた)りを見回しておられた。
女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した。イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人々が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩(わずら)わすには及ばないでしょう」イエスはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言われた。そして、ペトロ、ヤコブ、またヤコブの兄弟ヨハネのほかは、だれもついて来ることをお許しにならなかった。一行は会堂長の家に着いた。イエスは人々が大声で泣きわめいて騒いでいるのを見て、家の中に入り、人々に言われた。「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスは皆を外に出し、子供の両親と三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行かれた。そして、子供の手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだした。もう十二歳になっていたからである。それを見るや、人々は驚きのあまり我を忘れた。イエスはこのことをだれにも知らせないようにと厳しく命じ、また、食べ物を少女に与えるようにと言われた。

 

説教

洗礼者聖ヨハネの誕生  2018年6月24日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 ルカによる福音書 1章57~66、80節

さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は、父の名を取ってザカリアと名付けようとした。ところが、母は、「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言った。しかし人々は、「あなたの親類には、そういう名の付いた人はだれもいない」と言い、父親に、「この子に何と名を付けたいか」と手振りで尋ねた。父親は字を書く板を出させて、「この子の名はヨハネ」と書いたので、人々は皆驚いた。すると、たちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。近所の人々は皆恐れを感じた。そして、このことすべてが、ユダヤの山里中で話題になった。
聞いた人々は皆これを心に留め、「いったい、この子はどんな人になるのだろうか」と言った。この子には主の力が及んでいたのである。幼子は身も心も健やかに育ち、イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた。

 

年間第11主日  2018年6月17日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 4章26~34節

[そのとき、イエスは人々に言われた。]「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。実が熟すと、早速、鎌を入れる。収穫の時が来たからである。」更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」イエスは、人々の聞く力に応じて、このように多くのたとえで御言葉を語られた。たとえを用いずに語ることはなかったが、御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。

説教

年間第10主日  2018年6月10日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 3章20~35節

「そのとき、」イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった。身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。「あの男は気が変になっている」と言われていたからである。エルサレムから下って来た律法学者たちも、「あの男はベルゼブルに取りつかれている」と言い、また、「悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言っていた。そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、たとえを用いて語られた。「どうして、サタンがサタンを追い出せよう。
国が内輪で争えば、その国は成り立たない。家が内輪で争えば、その家は成り立たない。同じように、サタンが内輪もめして争えば、立ち行かず、滅びてしまう。また、まず強い人を縛り上げなければ、だれも、その人の家に押し入って、家財道具を奪い取ることはできない。まず縛ってから、その家を略奪するものだ。はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う。」イエスがこう言われたのは、「彼は汚れた霊に取りつかれている」と人々が言っていたからである。イエスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた。大勢の人が、イエスの周りに座っていた。「御覧なさい。母上と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます」と知らされると、
イエスは、「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」と答え、周りに座っている人々を見回して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」

説教

キリストの聖体  2018年6月3日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マルコによる福音書 14章12~16、22~26節

除酵祭の第一日、すなわち過越の小羊を屠(ほふ)る日、弟子たちがイエスに、「過越の食事をなさるのに、どこへ行って用意いたしましょうか」と言った。そこで、イエスは次のように言って、二人の弟子を使いに出された。「都へ行きなさい。すると、水がめを運んでいる男に出会う。その人について行きなさい。その人が入って行く家の主人にはこう言いなさい。『先生が、「弟子たちと一緒に過越の食事をするわたしの部屋はどこか」と言っています。』すると、席が整って用意のできた二階の広間を見せてくれるから、そこにわたしたちのために準備をしておきなさい。」弟子たちは出かけて都に行ってみると、イエスが言われたとおりだったので、過越の食事を準備した。一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしの体である。」また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。そして、イエスは言われた。「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。はっきり言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい。」一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた。 

三位一体の主日  2018年5月27日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 マタイによる福音書 28章16~20節

[そのとき、]十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能(けんのう)を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

説教

聖霊降臨の主日  2018年5月20日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 ヨハネによる福音書 15章26~27、16章12~15節

<そのとき、イエスは弟子たちに言われた。>「わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証(あかし)しをなさるはずである。あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのだから、証しをするのである。言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」 

説教

場崎神父様霊名祝い茶話会光景

主の昇天  2018年5月13日  「聖書と典礼」表紙解説

マルコによる福音  16章15-20

[そのときイエスは11人の弟子に現れて、]言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。一方、弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった。

復活節第6主日  2018年5月6日  「聖書と典礼」表紙解説

福音朗読 ヨハネによる福音書 15章9~17節

<そのとき、イエスは弟子たちに言われた。>「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。もはや、わたしはあなたがたを僕(しもべ)とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。」